心に残る患者を紹介いたします。弘前大学第二外科で診療をしていた時のこと、46歳女性が心窩部痛を主訴に外来受診しました。
思いつめた表情の細身の女性は、大学病院としては珍しく紹介状を持たずに来院され、聞けば5年前より胆嚢結石を指摘されていたとのことでした。胆石発作かあるいは急性胆嚢炎かと思い、超音波で見てみると確かに胆石はありますが、それを取り巻く不気味な腫瘍の拡がりが認められました。
5年も前から胆石を持っていながら病院にかかっていなかったその女性に、虫の知らせでもあったのか、突然、思い立って大学病院の門を叩いた、その悪い予感は的中し、正常値が2-30程度の腫瘍マーカー(CA19-9)が1万を超えており、腹部CTで胆嚢結石の周囲から、肝臓に浸潤した巨大な腫瘍が認められました(図8左)。進行胆嚢癌は疑う余地がなく、困ったことに注腸造影に示す通り腫瘍に巻き込まれた大腸が狭窄を呈した腸閉塞の状態で(図8右)、胆道ドレナージで黄疸を回避しつつ、人工肛門を作るしか手はありませんでした。
悪性度が高い胆嚢癌に対して有効な抗癌剤、放射線治療はなく(それは現代でも同じです)、患者はなすすべなく受診から3ヶ月で亡くなられました。残された子供は中学生の男の子と女子高校生の二人、目をつぶれば病室に響く娘さんの泣き声が今でも想い出されます。なぜ5年前に胆嚢結石症の治療(胆嚢摘出術)をしなかったのか?、やっておれば亡くなることはなかった!、という憤りが今なおこみ上げる次第です。