発癌の原因論

十束英志

患者への問診で家族歴をお伺いすると「うちは癌の家系なんです」との言葉をよく聞きます。父親が胃癌で他界し母親が乳癌をやったことがある、叔母さんに子宮癌の人がいたとか、そんな感じです。で、嗜好品についてご質問すると喫煙歴40年とか、、、。「そちらの方がずっと癌のリスクファクターですよ」と言うだけ野暮な話と思えることもしばしばです。家系(遺伝)は仕方ないとしても、原因を知っておればいくらかは発癌を予防できるかと存じます。今回は「発癌の原因論」についてごく一般的な身近な要素についてご説明申し上げます。もっと高次の細かい遺伝子レベルの話は他に譲ります。

食生活

食生活

まずは食生活です。昔から「熱い」、「しょっぱい」、「辛い」は「そんなもの食べてると癌になるぞ!」と言ったり言われたりしたことがあるかと存じます(図1)。実際、京都、奈良に食道癌が多い時代があり、それは朝粥を食べる習慣が原因だと言われておりました。「喉元過ぎれば…」と熱いお粥をサラサラと飲み込んでしまい食道がただれる、そんな情景が予想されます。「しょっぱい」については、秋田県はその代表かと思います。「がっこ」と言う漬物や「しょっつる」と言う調味料など、しょっぱいものを食べる習慣が親から子に受け継がれております。胃癌がすごく多い土地でありました。「辛い」と言うとキムチに代表される韓国料理を思い浮かべますが、最近、医療統計が揃って来て、この国も食道癌、胃癌、直腸癌が多いことが判って参りました。

「熱い」、「しょっぱい」、「辛い」、そのものが癌を引き起こすわけではありません。こうした食品によって傷ついた粘膜が再生する過程において癌が発生すると考えられております。

発癌物質

発癌物質1

「発癌物質」あるいは「発癌性」と言う言葉を聞いたことがあるかと存じます。その考え方の起源となったのが、1800年代のドイツの医学者、ウィルヒョウ(R. Virchow)の「全ての細胞は細胞から」と言う概念です。このことは「体内の癌細胞も正常細胞から」と言う発想に繋がりました。これを実際に証明したのが1914年、東京大学の山極勝三郎、市川厚一らで、うさぎの耳にコールタールを塗って皮膚癌を発生させました(図2)。世界で初めて実験的に癌を作った報告であります。

それからと言うもの、勢い「発癌物質」と言う考え方が発展し、喫煙は多くの臓器の癌に寄与していますし、甘味料や加工肉、化学調味料など、日常的なものでさえ発癌に関与していることが判っております。最近では印刷業に従事する方に胆管癌が多いことから印刷機の洗浄で使うジクロロプロパンに発癌性があることが判明しました(表1)。

発癌物質2

図3に、多くの臓器に癌を引き起こす喫煙の非喫煙者に対する死亡率を臓器別、男女別に示します。タバコと言うと口の中や肺などの気道に影響する印象ですが、遠く離れた肝臓や膵臓、膀胱にも発癌性があるとされます。

発癌物質3

遺伝性

遺伝性1

冒頭で申し上げた「癌の家系」は確かにあります。極めて身近な癌である大腸癌の一部に「家族性大腸腺腫症」と言う大腸にポリープ(腺腫)を大量に作る病気があり、これが高率に増大して腺癌へと変わります。常染色体優性遺伝とされ、両親のどちらかがその病気だと子供には2分の1の確率で遺伝し、大腸癌の大家系を形成します(図4)。

遺伝性2

近年になって遺伝子の研究が進歩したため様々な遺伝性の悪性腫瘍が判明しております(表2)。以前から、罹患率が100万人に1人もいないような珍しい疾患が兄弟間で発生したりして、遺伝子の関与が疑われておりましたが、癌のみならず、多くの疾患で遺伝性が確認されております。

感染症

感染症

感染症も悪性腫瘍の発生に関与しております(表3)。まずは細菌ですが、ヘリコバクター・ピロリ菌は以前から慢性萎縮性胃炎、胃十二指腸潰瘍の原因とされて来ましたが、今では積極的に胃癌との関連が言われております。従って、現在は保険診療でピロリ菌の除菌が行えます。

その他、エブスタイン・バーウイルス、B型・C型肝炎ウイルス、パピローマウイルスなどが発癌に関与するウイルスとして知られております。また、西南日本に多いとされ、極めて予後不良な成人T細胞白血病もHTLV-Iと言うウイルス感染が原因とされます。HTLV-IIIがエイズウイルスであります。

アルコール

アルコールはアルコール脱水素酵素の作用でアセトアルデヒドに変わり、これがアルデヒド脱水素酵素の作用で酢酸に変わります。これらの酵素活性には遺伝で決まった強弱があり、弱いのが前者だとアルコール、後者ではアセトアルデヒドが体内に残りやすいとされます。この、アルコールとアセトアルデヒドには発癌性があり、これらを分解する酵素活性が低い人が飲酒家になると発癌のリスクが高まるとされております。

ストレス

最後に精神的ストレスとの関連を申し上げます。以前からリラックスの少ないストレスフルな生活の人に癌が起こりやすいと言われておりました。リラックスすることによりナチュラルキラー細胞が活性化するとの研究報告もあり、免疫の関与が考えられております。

ストレス  → 免疫力低下

リラックス → 免疫力アップ

例えば高速道路や幹線道路付近の住民に胃癌、肺癌が高率に発生することが証明されております(図5)。以前は自動車の排気ガスの排気ガスが言われてましたが、最近では、騒音による慢性的ストレスや夜間の熟眠障害が免疫力を低下せしめ発癌に関与しているのではないかと考えられております。

ストレス

まとめ

ごく身近の事象について「発癌の原因論」を申し上げました。食生活、発癌物質、遺伝性、感染症、アルコール、ストレスであります。ここで挙げた以外でも、大気汚染物質や工場排水などの産業廃棄物による環境汚染や、原発事故や核実験により引き起こされる放射能汚染、直射日光に含まれる紫外線など、癌を引き起こす要素は多々ございます。

二人に一人は癌に罹る時代とされますが、今なお癌が現代人の健康を損なう重大な病気であることは言うまでもありません。原因論を知ることは自分なりの予防策に繋がるものであります。参考になれば幸いです。

なお、本文章は令和4年、医療法人健身会のホームページにてYouTube動画配信された医療講演の一部であります。

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